インテリジェントデバイス【intelligent-device】

 自律思考、自己判断能力を有するAI――人工知能を搭載したデバイスの総称。
 状況判断による魔法の自律発動、魔導師の性質に沿った自らの調整を行い、また音声による魔導師との会話や質疑応答、及び作戦行動中における、最適な提案をも可能とする。
 魔導師とデバイスの意思が完全に同調した時、展開される魔法や戦術パフォーマンスは通常よりも遥かに高い効率を叩き出し、魔導師の力をより向上させる可能性を秘めたデバイスである。
 ストレージデバイスとの最大の違いは、この人工知能を搭載したことによる『意思』の有無とされるのが一般解である。

 では、そのインテリジェントデバイスの『意思』とは、果たしてどこから来るのだろうか?

 機械の器に搭載された疑似人格――『心』と呼べるものは。
 どこからがプログラムされたもので、どこからがデバイスの『意思』なのであろうか。
 その境界は、今なお解明されてはいない。

 日々進歩し続けるデバイス工学と共に、デバイスのAIも進化してゆく。
 いつかは全く人間と変わりない思考をし、完全な自律行動をし、自分自身の『人生』を歩む――。
 そんなインテリジェントデバイスが、生まれるのではないのだろうか。

 多くの技術者、工学者、プログラマー、そしてデバイスマイスター。
 この疑問に関して、彼らの探求心が未だ尽きることはない。

 また、この文書を打つ私も、その一人であることを追記しておく。


                                         ――本局第四技術部主任の、とある日誌より




Beautiful Amulet(T)




 今でも、私ははっきりと覚えている。
 あの日、初めて彼女と飛んだ時の――高い空の色を。



「すごい――本当に、飛んでる」
《集中を絶やさないように。現在は私が飛行補助を行っていますが、徐々にこの魔法はあなた自身の意思による飛行にシフトしていくことになります》
「え、えっと、わたし自身の意思って」
《簡単に言えば、『飛びたい』というあなたの気持ちです》
「……わたしの、きもち」
《ええ。あなたが遠くまで飛びたいと思えば、地の果てまで。高くまで飛びたいと願えば遥かな星空まで――その想いに私が応え、あなたの飛ぶ力となるのです》
「な、なんとなくわかるけど……もしかして、途中で落ちちゃったりとか、しないかな」

《大丈夫です。たとえ何があろうとも、私がいる限りあなたは落ちません――決して落とさせません、必ず》

「……本当に?」
《ええ、私が保証します。ですのでまずは恐れずに、心のままにイメージしてください。空を渡る風のように、天に輝く星まで飛ぶ、そんなあなた自身の姿を。そうすれば》
「そうすれば?」
《――この空は、あなたのものです》
「にゃはは、そこまで大げさにはならないと思うけど……努力してみます」
《頑張ってください》



 そう。この瞬間こそが、私にとって全ての始まりだった。
 眼下を見下ろす先には、遙かな街並みとそこに生きる人々、頭上には澄み渡る蒼。
 そして、果てしない大気の中を飛ぶ、瞳を輝かせた彼女と、それを支える私。
 いつまでも色褪せることのない……彼女と初めて飛んだ時の記憶。
 今でこそ、何よりも『空を飛ぶこと』を愛する彼女と同じように、私もまた、そう思い始めたきっかけ。
 ……ただ『空が好き』なのではない。
『彼女と空を飛ぶこと』が、そして『彼女と共に飛べる場所』である……空という場所が、私は好きなのだ。
 私が私という『個』を確立してから既に10年近くの時が経つが、それでもこの想いは確かな記憶と共に、揺らぐことなく私を支える基盤となっている。
 どこかで助けを待つ誰かのために、一直線に空を駆け抜ける――。
 私はそんな彼女の力であり、護りであり、翼でありたいと、思っている。

 そう、私は彼女の翼でありたい。
 共にいたいと願う、唯一無二の存在である彼女のための、大きく羽ばたく翼に。
 どこまでも広がる蒼穹と、夜天に煌めく星々の海――その下を、桜色の流星となって彼女と共に飛び続けていたい。
 それが、いつまでも変わることのない願いであり、私が私であるための柱なのだから。

 いつか、彼女が翼を休めるその時が――訪れるまで。



 ……しかし。
 暇潰しに懐かしい記憶を呼び起こしてみたものの、やはり今日はどうにも退屈で仕方がありません。
 今の時代が『平和』と呼べるものであり、人々がそれを謳歌できるのは私としても大変に喜ばしいことなのですが、何分今日は暇が過ぎます。
 どうやら、今日に至るまでの中で、私の中に『退屈』というものを実感できる、精神の余裕が出来た――といったところでしょうか。
 それが良いことであるかどうかは別として、さてどうしたものでしょう。

 そう思っていた矢先、ふと傍らに視覚を向ければ、二人の人物がコーヒーカップを片手に、デスクに向かい合って談笑している光景が飛び込んでくる。
 一人はブラウンの陸士制服。もう一人は白衣に身を包んだ、共に眼鏡のよく似合う女性。
 まさに、『今私がいる場所』に相応しい出で立ちのお二人だ。
 そんな彼女らも今日というこの平穏な日に、やれこのインテリジェントはここがいい、いやいやストレージはむしろこうあるべきだ、などとデバイス談義に花を咲かせておられる。
 デバイスマイスター同士で大変結構なことですが、既に私のことなど思考の埒外といった風で実に楽しげの様子ですね。

 ならば、こっそり抜け出してしまっても罰は当たらないでしょう。

 その瞬間――私の意識は、既に器を抜け出していた。



「……あれ?」
「ん、どうしたのシャーリー」
「いえ、もうそろそろ終わる頃なのでこの子を見てみたんですけど……ちょっと変なんですよ」

 ――おや、気づかれましたか。
 ですが私は、もうこの部屋から出てしまいますよ?
 例え原因が判明したとして、私がこの施設のどこにいるか……探し出すことが出来ますか?

「ちょっと貸して」
「はい――ほら、全然何も反応を返してくれないんです。機器のエラーというわけではないと思うんですけど」
「……まさ、か」
「もしかして……あれですか、マリーさん?」

 おお、流石と言うべきでしょうか、マリエル女史。
 もっとも、貴女ならすぐにわかるとは思っていましたけれど。
 フィニーノ一等陸士も、まだまだ修行が足りないようで。

「……こうしちゃいられないわ。シャーリー、はやてちゃんとリインに今すぐ連絡お願い。それと可能ならフェイトさんとヴィータにも!」
「でも、八神部隊長ならともかく、お二人は今は訓練中ですよ?」
「……ええい、とりあえず本体持って! これからあの子を探しに行くわよ!!」
「は、はい!」
「多分まだそう遠くまで行ってないはず……ああもう、なんでこんな時にぃ〜っ!」

 おっといけない、これ以上は見つかってしまいますね……早急にこの場を離れるとしましょう。
 ついでに言わせていただくならマリエル女史、私を放って楽しそうに話をしていらしたのが悪いとは言いません。
 が、あくまで今日が平和すぎる日であることも考慮に入れて頂きたい、と私は思うのです。



 さて、今日はどこに行くとしましょう。
 彼女が戻られるまで時間はあるのですから、マリエル女史らに見つかるまで充分施設を回ることも出来ますし……今の時間帯なら、外に出て訓練風景をを見に行くのも、悪くはない気はしますが。

 ああ、そうだ。どうせなら『あの子』に会いに行ってみるのもいいでしょう。
 私たちの全てを懸けて助け出した……大切な少女の所へ。
 そう考えるだけで、今日はとても素敵な一日になりそうな、予感がします。

 あなたもそうは思いませんか――ねえ、『マスター』?