Beautiful Amulet(U)

 ひゅう、と甲高い風切り音が木立の中を渡る。
 葉を散らし、木々を破るそれは、徐々に大きく唸りを上げてこちらを狙い撃たんとする、『何か』の迫り来る音。
 しかし、スバル・ナカジマは決して焦ることなく瞑目し、執るべき手段を脳内で構築する。

《十二時の方向、来ます》
「わかってる――いくよ、相棒ッ!」
《All right》

 足下からの呼びかけにスバルが応えるのと、左手を前方に翳したのはほぼ同時。
 そして、彼女の『相棒』たる鋼色の加速靴――インテリジェントデバイス、マッハキャリバーもまたその挙動に同期するように魔法を選択する。
 両靴の中央に位置する蒼い宝石が、明滅した。

《Tryshield》

 トリガーヴォイスと共に発動した、近代ベルカ式に分類されるシールド系魔法、トライシールドは空色の正三角型魔法陣を形取り、左掌を起点としてスバルの前面に展開される。
 刹那、護盾に連続して叩き付けられる衝撃と、打撃音。

「っ!」
《問題ありません、この程度なら》

 1つ、2つとスバルを襲撃したものは、魔力によって生成された小型の鋼球。
 その硬く鋭い振動は、防御越しからでもスバルの全身に響いてきたが、幾度も模擬戦を続けた研鑽の結 晶たる護りは、何物をも通さぬ強固さでヒビ一つなくすべての攻撃を防ぎきった。
 まさしく、マッハキャリバーの宣言通りに問題はない。

《追撃に備えて》
「もちろんッ!」

 姿勢を崩さず、右手を腰だめに構えると共にカートリッジをロード。
 二発の空薬莢が荒れた地面に飛び、、ナックルスピナーで高速回転を開始する。
 研磨にも似た音を響かせながら、やがてリボルバーナックルの周囲に螺旋状の魔力が発生する。
 腰を深く落とし、前方へと打ち込む一撃必倒の拳打――彼女の先祖の出身世界で、『正拳突き』と呼ばれる打撃姿勢を取り、スバルはその瞬間をじっと待つ。
 そして。

「でえええええええええいッ!!」

 森全体に激しく谺する声と、吹き付けられる、烈風。

《Buddy!!》

 警告音声と同時に、マッハキャリバーの車輪が大きく唸りを上げて駆動する。
 その叫びへ応えるように大きく目を見開き、

「おおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 助走。そして咆哮と同時に、躊躇わずスバルは右拳を前方へ突き出す。
 インパクトの直前、視界に入ったのは独楽のように激しく回転しながら吶喊する真紅の少女。
 小柄な体躯の、その両手に握られていた鈍色の鉄槌は片面から紅い火を強く噴かせ、もう片面からは黄金色の鋭い棘がが伸びていた。
 遠心力を伴ったその一撃は、防御壁もろともスバルを叩き砕かんと勢いよく振り薙がれ――。
 どう、と振動する大気が周囲の木々が激しく揺らした。

「っ、くぅ……!」

 先程以上の強い衝撃に、思わず苦悶の表情を浮かべるスバル。
 その痛烈な威力に負けるまいと、マッハキャリバーもまた全力で車輪を回し、土煙を巻き上げる。
 しかし、繰り出した拳に纏った渦を巻く硬質の魔力壁――姉から教わった攻防一体の魔力付与打撃魔法、ナックルバンカーは鉄槌の破砕撃に屈することなく、がっちりと噛み合うように強襲を阻んでいた。
 スピナーはさらに回転速度を速め、魔力を前へ前へと集中させる。
 激しく火花を散らす防御壁を隔てた向こうで、鉄槌を握る少女が「へっ」と呟き、にやりと笑うのをスバルは見逃さなかった。

「やるじゃねーか……アイゼンッ!!」
《Explosion》
「相棒ぉッ!!」
《Load Cartridge》

 ふたりの魔導師と、ふたつのデバイスの声が唱和し、炸裂音と共に鉄槌と鋼拳に再び火が入る。
 振り抜いて、突き破る。
 押し返して、突き進む。
 その意思のみを、それぞれの鋼の相棒に乗せて。

「おぉりゃああああああああああああッ!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 裂帛の雄叫びと共に、空色と真紅の魔力光が二人の周囲を、そして木々すらも埋め――



 例えるなら、それは自分達の周りにだけ地震が起きたかのような振動だった。
 その局地的な揺れに、再建間もない陸戦訓練用シミュレーターで投影された木々がざわめき、仮初の枝葉に翼を休めていた鳥達が次々と飛び立つ。

「……うわぁ、今日もまた派手にやってますね、スバルさん」

 こちらまで届いたその余波に、開脚前屈をしながら感嘆するエリオ。

「やり過ぎというか何というか……全く、あの馬鹿娘は」

 周囲に生成したポイントマーカーに、双銃形態のクロスミラージュを向けながら、呆れるようにティアナが返す。
 現れては消えるオレンジの魔力球に銃口を向けるという、ウォームアップの一環である照準基礎訓練は、訓練生時代から研鑽を積み重ねてきたティアナにとって、既に慣れたものだった。

「いいんじゃないでしょうかティアさん、スバルさんも気合いが入ってて」
「きゅくるー」

 細い腕で精一杯エリオの背中を押すキャロの肩に乗りながら、フリードリヒも同意するように鳴く。
 ティアナ達の頭上に広がる空は快晴、今日は風も少ない絶好の訓練日和である。

「今日はなのはさんが日中はいないから、その分ヴィータ副隊長から可能な限り吸収しようという気持ちなんですよ、きっと」
「ま、確かにそうね……あいつの気持ちもわからないわけじゃないし」

 呟き、クロスミラージュを構えていた両手を降ろして傍らの二人に振り向くティアナ。

「あんた達も、そうでしょ? エリオ、キャロ」
「……はい」
「……そうですね」

 微かに、エリオとキャロの表情が陰る。それは、ティアナもまた同じだった。



 ――ずっと飛び続けてはいられないわけですから、それなら、飛ぶのをやめる時までどれだけのことが出来るか……何を、残せるのかなのかな、って。

 それは偶然、医務室の前で彼女らが聞いてしまった、恩師の身体に深く穿たれた後遺症と、決意の言葉。
 あの時から、四人の訓練への意識はさらに向上し、以前よりも遥かに高難度の模擬戦やカリキュラムに進んで臨むようになったのだ。
 自分達に伝えたい気持ちを、裏切らないために。
 そして、胸を張って彼女に誇れる生徒であるために。
 それが自分達に出来る、彼女への精一杯の恩返しなのだから。



 どうん、と空気が強く震え、鳥達の羽ばたきがまた緑の葉を散らしていった。

「なのはさん、今日は本局なのよね。エリオ」
「はい。レイジングハートもメンテナンスのためにここに預けて……詳しいことは、何も言ってませんでしたけど」

 今日は夕方くらいまで帰れないかもしれないけど、フェイト隊長とヴィータ副隊長の指示に従って、ちゃんと訓練頑張ってね――。
 と、いつもの笑顔で言っていたのがティアナ達の記憶に新しい。

「……もしかしたら、ユーノ先生に会いに行ってたりして。それって、ちょっと素敵かも」

 アグスタの時のような微笑ましいやりとりを想像でもしたのか、キャロがませた微笑を見せる。
 かたやミッドに知らぬ者はいないと言われている美しきエースオブエース。
 かたや無限書庫司書長であり、女性と見紛うほどの容姿を持つ青年。
 その二人が談笑し合う光景は、普通にいい関係の美男美女――にしか見えないのだが。

「なのはさんはあれで「友達だよ、友達」と言い張っているからねぇ。普通に考えてありえないと思うけど」
「それでも、幼馴染っていいですよね。僕やキャロにはいませんでしたから、なのはさんとユーノ先生みたいなの、凄く憧れちゃいます」
「……エリオ、あんたそれ素で言ってるの?」

 ていうか、まさにあんたとキャロがそうでしょ。
 そう突っ込むかどうか一瞬迷ったティアナだが、あまりに彼らの発言が純真すぎたので、半眼で返すだけにし、心の中に封印することにした。

「……って」
「どうしたんですか、ティアさん?」

 何かに思い当たったかティアナに、背中を押されながら前屈するエリオが目を訊ねる。

「……ユーノ先生と言えば」

 思案げな顔でしばし首を傾げながら唸っていたが……やがて、手を打つようにティアナがクロスミラージュの銃身を突き合わせた。

「確か、なのはさんのレイジングハートって、元はユーノ先生が持っていたものって聞いたような気がしたのよね」
「それ、僕もです」
「わたしも」
「なんだったっけ……どこかで出たような」

 そうして再び考え出したティアナだが――エリオが「あ」と思い出したかのように口を開く。

「ティアさん……きっと、あれですよ」
「何が?」
「……模擬戦で、スバルさんと一緒に失敗してしまった、あの時です」
「――ぁ」

 エリオに促されたティアナの表情が、僅かに強ばる。

 それは、彼女とスバルにとってあまりいい思い出ではない事件。
 決してしてはならない無理と無茶を強行してしまったが果ての、なのはとの小さなすれ違い。
 その中でシャーリーに見せられた、二つのロストロギア関連の事件、そして彼女が負った深いダメージに関する過去の記録。
 確かその映像群の中に、幼い少女であったなのはに紅い宝石を渡す、一匹のフェレットの映像もあったはずだ。
 記憶違いでなければ、その宝石こそ――レイジングハートの待機形態のはず。

「そうそう、確かそうだったわ……でも、なんでユーノ先生、あんな小さいフェレットになってたんだっけ」
「えっと、なのはさんの世界では最初から人間の姿だと魔力が適合しないので、安定するまであの姿のまま、なのはさんのお宅で一緒に過ごしてたそうです」

 その説明に、ティアナが一瞬「え?」と顔をしかめた。

「キャロ、それって食事も寝るのも……もしかして、お風呂も一緒だとか……じゃないわよね?」
「じゃないでしょうか」

 実に何の他愛もない、返事。それが本当の話ならば。

「……あたし、これから先のユーノ先生の見方、少し変えちゃいそうかも」
「?」
「どうしてですか、ティアさん?」

 ティアナを見つめる四つの瞳は、あまりにも無垢であった。
 まるで、その意味を本気で理解していない眼差しに、呆れるように嘆息して頭を掻く。

「そうよね、あんたらはまだお子様だもんねぇ」

 健全というか何というか、それでもこの二人に関しては、少々度がすぎやしないだろうか。
 この分だと、六課解体後も同じはずの進路先ですら、ずっとこのままなのだろうかと思いたくなるくらいだ。
 別に、お互いを意識して欲しいと下世話なことは思わないし、言ったりもしないが、流石に少々不安になる。

 そしてまたどぉん、と。
 今度はティアナ達の周りの木々も激しく揺れる振動が届き、更に殆ど間を置かずして紅と蒼、二つの光が森を飛び出して――空中でうねるように幾度もぶつかり合う。
 蒼い光は空に軌跡を残しながら、さらに強く、光り輝いていた。

《Sir》

 それを目撃すると同時に、クロスミラージュの中央部、山吹色のレンズが発光する。

《どうやらエクセリオンを使ったようですね、彼女は》
「はぁ……あいつったら、なのはさんだけじゃなくて今度はヴィータ副隊長にまで本気出してるみたいね、もう」

 さる数日前の模擬戦では、なのは相手にエクセリオンを使用した挙げ句、あろうことか戦闘機人モードまで発動させて、強固さに定評のある彼女のバリアを打ち砕いたくらいのやる気を見せたスバルなのだ。
 とことん常に自分の全力全開で挑み、そして覚える気満々のようである。
 それが祟って、またあの時のような悲惨な事態にならなければいいけど、と腐れ縁ながらも少々心配してしまうのだが、パートナーとしては、そうならないことを切に祈るばかりだった。

「僕達もスバルさんに負けてられないよ、ストラーダ」
《Jahowl》
「そろそろフェイトさんの準備も終わる頃だし、今日も一緒に頑張ろう、エリオくん、フリードとケリュケイオンも」
「きゅー」
《Yes》

 エリオもキャロも、そして二人の腕に巻かれたデバイス達にフリードリヒまで、揃いも揃ってやる気満々の雰囲気だ――今のスバルに悪い意味で毒されたのだろうか、とはあまり思いたくない、が。

(……でもま、あたしも頑張らないとね)

 亡き兄に誓った夢のために、今は自分も出来る限りのことをする。
 その為には妥協なんてしてられない――どんな時でも、自分にやれるだけのことを、全力でやるだけだ。
 それが、3体の戦闘機人を相手にするという、絶望的状況を勝ち抜けた確かな証でもあるのだから。

《その意気です》

 まるで、自分の内心を読んだかのようなクロスミラージュの声も、いつもと変わらぬ調子。
 だが、ティアナはその中に自分自身と同じ、溢れんばかりの想いを感じ取っていた。
 このインテリジェントデバイスとの意識のシンクロは、初めて手にした時から何気に心地良いものを感じる――悪い気は、しない。
 そう思いながら、クロスミラージュをホルスターに戻し、二人に視線を向ける。

「それじゃ、そろそろフェイトさんも準備完了してる頃だし……なのはさんがいない分、今日は短めになるだろうけど、その分気合い入れていくわよ、二人とも!」
「「はいっ!」」
「きゅくるー」

 高らかに、エリオとキャロの元気な声が森の中に響き、フリードリヒも白い翼を力強く羽ばたかせた。

 新暦75年、11月の午後。
 後に『ジェイル・スカリエッティ事件』と呼ばれることになる、二度の地上本部襲撃というかつてない危機を乗り越えたクラナガンと機動六課隊舎は、今日も平和な一日になろうとしていた。

 そう、なろうとしていた。――この時までは。



      ◆  ◇  ◆



「……ふぁ」

 小さく欠伸を漏らして、ゆっくりと目を覚ます。
 まだ僅かに眠い目元をしょぼしょぼと指で擦り、一度、二度、紅と翠の虹彩異色をぱちくりと瞬かせる。
 頬に当たるちくちくとした感触と、窓から降り注ぐ秋の陽気がとても心地良かった。

「んー」

 幼い体を震わせ、枕代わりにしていたものから頭を起こして、周りを見渡す。

「……アイナさん?」

 託児室の中に反響する少女――ヴィヴィオの幼い呼びかけに、しかし返る声はない。
 先程までは確かに優しい寮母がそこにいたはずなのに、今は自分の隣で身体を横たわらせたる青白い獣以外、誰も居ない。
 そして、自分が起きたことに気付いたのか、ザフィーラは鼻先を静かにこちらに向けてきた。
 L字ソファーの上で彼と戯れ、そのふさふさとした毛並みに抱き付いているうちに、気持ち良くてつい眠ってしまったのだろう。
 ずっと頭を乗せられていたにもかかわらず、起こさずにじっとしていてくれたザフィーラに、苦しそうな顔色は見られなかった。

「えへへー」

 いい子いい子と頭を撫でると、ザフィーラが小さく鼻を鳴らしてぺろりと頬を舐める。そのくすぐったさに思わず笑いが零れ、太い首にぎゅっと抱きついて頬擦りした。
 そういえば、今は何時だろう。ふと思ったヴィヴィオは、時計のある場所に瞳を向ける。
 現在の時刻は、午後1時過ぎ。
 時間的には姉たちが午後の訓練を必死で頑張っている頃だ。今日は、そこそこ短めになると大好きな母が言ってたような気がする。
 そうしたら、あとはみんなが来てくれるからママが遅くなっても――

「……あ」

 ようやく、ヴィヴィオは思い出す。
 確か今日は、朝から母がどこかにお出かけしていて、ここにいないということに。
 そう思うと――この託児室は、ヴィヴィオにとっていつも以上に広く感じられた。

 不意に、無理やりこの場所から連れ去られ、一人になってしまったあの時のことを――思い出す。



 気がついたら、周りには知らない大人たちがいた。
 助けに来てくれるはずのママは来なくて。
 寂しくて、苦しくて、痛くて、泣き叫び続けて――
 自分が何だったのか、何のために生み出されたかを、全部……思い出した。

 遙か昔に存在した、最後の聖王のコピー。
 彼女が乗るべき船である『ゆりかご』飛ばすためだけの鍵にして、守護者。
 そして『聖王の器』という飾りだけの名前をを与えられた、ただそれだけの存在でしかないもの。
 それが、わたし。
 本当のママなんて、どこにもいない。
 だからもうこの世界に、自分の生きる意味なんてないと、助けようとしたママすら一度は拒絶してしまったけれど。

 それでも、わたしはこの世界にいたい。
 大好きなママやみんなと一緒に、一人のわたしとして……ヴィヴィオとして生きていたい。

 だから、どんなに傷ついても、諦めずに手を伸ばしてくれたママの気持ちに、今度は自分が応える番。
 こんなの全然寂しくなんてない。
 『強くなる』って、あの時ママに約束したから――。



 くるるる、と静かな唸り声が聞こえる。
 不安な気持ちを察したのか、彼が心配してくれていたのだとヴィヴィオにはわかった。

「……だいじょうぶだよ、ザフィーラ」

 にぱ、と笑ってもう一度頭を撫でると、徐々にその声は止んでゆく。
 何も自分ひとりじゃない。隣には彼だっている。ママが帰ってくるまで、強い子でいるんだ――
 そう思った、矢先。



《――どうやら、無用な心配だったようですね》



 突然、そんな声が耳に飛び込んできた。

「……ふぇ?」

 呼ばれた先を振り向けば、誰もいない。
 いや、何も無いというわけではなかった。
 そしてザフィーラも、自分と同じ場所に顔を向けているということは、何かがそこにいるという証左である。

 見上げれば――真実そこには、何かが存在していた。 

 託児室の中に、ふよふよと浮かぶ小さな球体。
 それが放つ淡い光の色に、ヴィヴィオは思い当たる何かがあった。
 春になると木々に綺麗な花をつけ、風が吹けば吹雪のように花びらを散らす、母が住んでいた世界に咲く花の色。
 花の名は、さくら。
 母が魔法を使う時に放つ魔力光にして、強く優しい彼女そのものを表す色だ。
 その色を持った球体が、自分に向かって話しかけている。

「……だれ?」

 恐る恐る、僅かな好奇心を込めてヴィヴィオが問いかけた。

《申し訳ありません、貴女を驚かせるつもりは無かったのですが……そうですね、この姿では流石に不安がられるでしょう》

 そう自分に向けて喋った直後。
 ぱぁ――と、一瞬の発光が託児室を包み込み、思わずヴィヴィオはその眩しさに目を瞑ってしまう。
 徐々にその輝きは収まり……再び瞼を開いた先には、はらはらと、桜色の羽が舞っていて。

「……なのはママ? フェイトママ?」

 知らず、ヴィヴィオは二人の母の名を呟いていた。
 空気に溶けて消える羽の中にいたのは、すらりとした長身を持つ、一人の女性。
 何もない場所から突然現れ、ゆっくりと爪先から床に降り立つその姿――。
 腰ほどまで長く伸ばされたストレートの、絹糸のように流れる美しい金髪。
 そして、静かに瞼を開き、ヴィヴィオを見つめるその瞳の色はルビーのような真紅。
 それはまるで、自分の母の一人である女性のような顔立ちだった。
 しかし、彼女の着ていた服もまた、ヴィヴィオの幼い思考をさらに混乱させる。
 服装の全体は純白を基調としたローブ、膝下まで届くスカート、青い袖口に走る黄色のライン。
 ヴィヴィオは、その服に見覚えがあった。
 それは誰よりも愛しい母が身に纏っているバリアジャケットと――胸元に結わえられた赤いリボンという細部の意匠は違えど、ほぼ同型のデザインとカラーリングなのだ。
 フェイトの容姿と、なのはの服装を持つ女性。それが、ヴィヴィオの心に戸惑いを投げ込む……が。

「いいえ――ですが、そのお答えは当たらずとも遠からず、といったところですね。ヴィヴィオ」

 軽やかな声と共に、その女性はヴィヴィオににっこりと優しく微笑んだ。
 まるで、一番大好きな母によく似た――そんな笑顔の仕草で。